田村厚生労働相が年金制度について発表した内容に関して、2021年9月11日付「朝日新聞DIGITAL」に以下の記事が載っていました。
基礎年金の目減り対策、制度改革に着手へ 厚生年金の一部回す案も?
https://www.asahi.com/articles/ASP9B75P9P9BUCLV00X.html
物価に関連して年金額を抑える仕組みに伴い、将来受け取る基礎年金水準が減る問題で、田村憲久厚生労働相は10日、給付水準が目減りしすぎないようにする制度改革の検討を始めたことを明らかにした。受給者の不安を和らげるねらい。財源の確保も必要で、新たに保険料を増やさずに厚生年金の保険料の一部を回す案などが想定されるが、議論に時間を要しそうだ。
この記事の内容について詳しくみていきたいと思います。
マクロ経済スライドについて
公的年金は将来に備え、月々の保険料が一定以上には上がらないようにする代わり、物価が上昇してもその上昇率ほどには給付が増えないようにして年金額を抑える仕組み(マクロ経済スライド)が導入されている。
https://www.asahi.com/articles/ASP9B75P9P9BUCLV00X.html
現在の年金制度は、少子高齢化が進行すると予想される将来においても年金財政が安定するように、現役世代の月々の保険料の負担を一定に抑えつつ、「マクロ経済スライド」という仕組みを使って、受給世代に対する年金支給額が物価や賃金の上昇率ほどには増えないようにしています。
マクロ経済スライドの終了時期
この仕組みでは、自営業の人らが加入する国民年金を含むすべての年金受給者が受け取れる基礎年金と、会社員らが加入する厚生年金のうちの報酬比例部分で、別々に調整する。代表的な経済ケースを元にした現時点の見通しでは、報酬比例部分は2025年度に終わるが、基礎年金は46年度まで続き、その分だけ給付水準が下がる。
https://www.asahi.com/articles/ASP9B75P9P9BUCLV00X.html
マクロ経済スライド調整は年金財政の収支が安定するまで実施される予定です。
年金財政については5年ごとに「財政検証」が行われますが、2019年の財政検証において、基礎年金と厚生年金報酬比例部分で、マクロ経済スライドの終了時期が大きくずれてしまう見通しが出されました。
- マクロ経済スライド調整終了時期
(2019年財政検証の代表的な試算)- 厚生年金 2025年
- 基礎年金
2047年2046年
2020年12月に2020年の年金改正法を反映させた試算が発表され、その中の代表的な試算では、基礎年金のマクロ経済スライド調整の終了が2046年に修正されています。
財政検証の代表的試算(2020年修正版)
代表的試算の前提条件
- 人口:出生中位・死亡中位
- 物価上昇率 1.2%
- 賃金上昇率(対物価) 1.1%
- 運用利回り(対物価) 2.8%
- 経済成長率(実質) 0.4%
モデル年金の所得代替率
モデル年金とは夫が平均的な収入で40年間就業しその間妻が専業主婦であった夫婦二人世帯の標準的な老齢年金額をいいます。基礎年金は夫婦二人分の金額になっています。
厚生年金の所得代替率は、その年の現役男子の手取り収入に対する、夫の厚生年金報酬比例額の割合を表します。
基礎年金の所得代替率は、その年の現役男子の手取り収入に対する、夫婦二人分の基礎年金額の割合を表します。
この試算では、厚生年金報酬比例額のマクロ経済スライド調整は2025年で終了し、その後の所得代替率は24.5%で維持される見込みです。
一方、基礎年金額のマクロ経済スライド調整は2046年まで続き、所得代替率が26.5%に低下することになります。
基礎年金額は大幅に低下
上記の試算は夫婦二人分の「モデル年金」という想定で行われています。
一人分の基礎年金でみると、2019年・18.2%から2046年・13.3%になる計算です。
2046年の一人分の基礎年金額を2019年の賃金水準で換算すると、35.7万円×13.3%=4.7万円となり、基礎年金額は大幅な減額となります。
調整終了期間を一致させる試算
2020年12月発表の資料の中では、厚生年金と基礎年金のマクロ経済スライド調整の終了時期を2033年に一致させた場合のモデル年金の試算も提示されました。
マクロ経済スライド調整が終了した時点の所得代替率は、「厚生年金は低下するが、基礎年金は大きく改善される」という試算になっています。
- 調整終了時点の所得代替率
厚生年金:24.5%→22.6%
基礎年金:26.5%→32.9%
年金合計:51.0%→55.6%
今回の田村厚生労働相の発表は、この試算を念頭に置いたものになっています。
年金合計の所得代替率は改善されますが、厚生年金の報酬比例額が大きい人すなわち現役時代の収入が大きい人は結果として年金額が減額されることになります。
年金財政の3つの財布
公的年金の年金収支は、国民年金勘定・厚生年金勘定・基礎年金勘定の3つの「勘定」で収支計算されています。
2019年度の各勘定の資金の流れは以下のとおりです。
厚生年金勘定・国民年金勘定は基礎年金拠出金に充当される国庫公経済負担金を受け入れ、その基礎年金拠出金を基礎年金勘定に拠出します。
厚生年金の報酬比例部分は厚生年金勘定から支給されますが、基礎年金は基礎年金勘定から支給されています。
厚生年金(各共済組合含む)
- 厚生年金保険料を収納(37.7兆円)
- 基礎年金拠出金に充当される国庫公経済負担金を受入(11.2兆円)
- 厚生年金を給付(29.2兆円)
- 基礎年金拠出金を基礎年金勘定に拠出(21.5兆円)
国民年金勘定
- 国民年金保険料を収納(1.3兆円)
- 基礎年金拠出金に充当される国庫公経済負担金を受入(1.8兆円)
- 基礎年金拠出金を基礎年金勘定に拠出(3.1兆円)
基礎年金勘定
- 厚生年金と国民年金勘定から基礎年金拠出金を受入(24.6兆円)
- 基礎年金を給付(23.3兆円)
年金積立金(2019年度末 時価ベース)
- 厚生年金分 149.4兆円
- 国民年金分 8.5兆円
厚生年金は保険料の収納が比較的安定的に行われており、年金積立金も順調に積み上がっていますが、国民年金は低所得などで保険料を免除・猶予されている人も含めて算出した実質的な納付率は40%程度しかなく、年金積立金も積み上がっていません。
調整期間をどのように一致させるのか…
厚生年金と基礎年金でマクロ経済スライド調整の終了時期をどのように一致されるのか。
厚生年金の基礎年金拠出金を増やし、国民年金の基礎年金拠出金を減らすことが考えられているようです。
これはすなわち、「会社員が加入している厚生年金保険料で自営業の人たちの年金を補填する」ことになります。
さっそく、各方面から異論が出ています。
国民年金保険料 猶予と免除
前年所得が一定額以下の場合、国民年金保険料を猶予または免除される場合があります。
基礎年金額は「満額×保険料納付済月数/480月」で算出されますが、猶予期間は納付済月数にカウントされず年金額に反映されません。学生納付猶予期間もカウントされません。
免除期間は国庫負担金の割合分だけカウントされます。基礎年金の原資の半分は国庫負担金なので、例えば全額免除1ヵ月につき保険料納付済1/2ヵ月にカウントされます。
すなわち、納付した厚生年金保険料や国民年金保険料が国民年金保険料を猶予または免除された人の年金額に回されることはありません。
念のため…
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