「年収106万円を超えると夫の健康保険・厚生年金の扶養をはずれて、自分で保険料を負担することになる」
年金制度改革により、被用者保険の適用範囲の拡大が予定されています。
夫の被用者保険の扶養をはずれて自分で被用者保険に加入する場合、保険料の負担はどうなるのでしょうか。
年収130万円の壁・年収106万円の壁
妻が夫の被用者保険(健康保険・厚生年金保険)の扶養親族となる条件は「年収130万円未満」でした。扶養親族になると保険料の負担はありません。
妻の年収が130万円以上見込まれる場合、夫の被用者保険の扶養を外れ、自分自身で被用者保険に入るか、国民年金・国民健康保険に加入することになります。年収130万円の壁と呼ばれています。
2016年に被用者保険の適用範囲が拡大され、以下の5条件をすべて満たす場合、年収130万円未満であっても、被用者保険に加入して扶養を外れることになりました。
- 週の所定労働時間が20時間以上あること
- 雇用期間が1年以上見込まれること
- 賃金の月額が8.8万円以上であること
- 学生でないこと
- 従業員500人超の企業等
月収8.8万円は年収にすると105.6万円でおよそ106万円になります。年収106万円が見込まれると事業所の健康保険・厚生年金に加入して保険料を負担することになります。年収106万円の壁と呼ばれています。
さらに、2020年5月に成立した年金改革法で以下の2点が改定され、被用者保険の適用範囲が広がりました。
- 2の項を撤廃
他の条件を満たせば当初から加入
2022年4月施行 - 50人超の企業まで適用を段階的に拡大
2022年10月 100人超の企業まで適用
2024年10月 50人超の企業まで適用
この改定により、50人超の企業に働くパート従業員は、以下のどちらかを選択するよう迫られます。厚労省の試算では、65万人程度が対象になるそうです。
- 年収106万円の壁を超えないで夫の被用者保険にとどまるか
- 年収106万円の壁を超えて自分自身で保険料を負担するか
企業規模要件の「従業員数」は、適用拡大以前のフルタイム労働者と3/4以上短時間労働者(1週間の所定労働時間および1か月の所定労働日数がフルタイム労働者の4分の3以上の労働者)の合計人数を指し、それ以外の3/4未満短時間労働者を含みません。
被用者保険の種類
被用者保険に加入した場合、以下の保険料を負担することになります。
- 厚生年金保険料
- 健康保険料
- 介護保険料(40歳以上の人)
被用者保険のメリット
- 老齢基礎年金に上乗せされる自分自身の老齢厚生年金報酬比例部分を受給できる
- 万一の場合の障害厚生年金・遺族厚生年金を受給できる
- 病気や怪我で仕事を4日以上休み、給与が支払われない場合に健康保険から67%の給付が受けられる(傷病手当)
- 女性の場合、出産予定日の前42日間と後の56日の計98日間に対して、傷病手当金と同様の計算方法で給付が受けられる(出産手当)
被用者保険の算出式
保険料は標準報酬額に保険料率を乗じて求め、その金額を企業と本人がほぼ折半して負担します。
本人の負担額は以下の計算式で算出します。
- 月額保険料(本人負担額)
=標準報酬月額×保険料率×自己負担率 - 賞与にかかる保険料額(本人負担額)
=標準賞与額×保険料率×自己負担率
標準報酬月額・標準賞与額
報酬月額は基本給だけでなく、通勤手当、家族手当、住宅手当、役職手当などが全て含まれます。
標準賞与額は賞与額から1,000円未満の端数を切り捨てた額になります。
報酬月額 (円以上~円未満) | 年収換算 (~円未満) | 標準報酬月額 |
---|---|---|
~ 93,000 | ~1,116,000 | 88,000 |
93,000~101,000 | ~1,212,000 | 98,000 |
101,000~107,000 | ~1,284,000 | 104,000 |
107,000~114,000 | ~1,368,000 | 110,000 |
114,000~122,000 | ~1,464,000 | 118,000 |
122,000~130,000 | ~1,560,000 | 126,000 |
保険料率・本人負担率
健康保険組合には大手企業や企業グループが独自で運営する組合健保と独自で健康保険組合を設立できない中小企業のなどの多くが加入する協会けんぽがあります。
組合健保の健康保険と介護保険の保険料率・本人負担率はそれぞれの組合で独自に決められています。保険料率は4.2%~12%と大きな幅があります。
協会けんぽの健康保険料率は10%を基準にして都道府県ごとに決められていて、9.58%~10.73%になっています。介護保険の保険料率は全国一律1.79%です。本人負担率も一律50%です
厚生年金保険の保険料率・本人負担率は全国一律です。
保険組合 | 保険の種類 | 保険料率 | 本人負担率 |
---|---|---|---|
組合健保 | 健康保険 | 平均9.218% | 平均45.53% |
介護保険 | 平均1.573% | 一律50.0% | |
協会けんぽ | 健康保険 | 基準10.0% | 一律50.0% |
介護保険 | 一律1.79% | 一律50.0% | |
厚生年金保険 | 一律18.3% | 一律50.0% |
組合健保:令和1年度 協会けんぽ:令和2年度
例えば、協会けんぽの健康保険料の本人負担額は、標準報酬月額・標準賞与額の10%×50%=5%になります。
月収ごとの保険料を算出します
協会けんぽの保険料率で、月収ごとに各保険料の本人負担分を計算します。
月収 円以上 ~円未満 | 標準報酬 月額 | 健康 保険 5.00% | 介護 保険 0.895% | 厚生 年金 9.15% |
---|---|---|---|---|
~93,000 | 88,000 | 4,400 | 788 | 8,052 |
93,000 ~101,000 | 98,000 | 4,900 | 877 | 8,967 |
101,000 ~107,000 | 104,000 | 5,200 | 931 | 9,516 |
107,000 ~114,000 | 110,000 | 5,500 | 984 | 10,065 |
114,000 ~122,000 | 118,000 | 5,900 | 1,056 | 10,797 |
122,000 ~130,000 | 126,000 | 6,300 | 1,128 | 11,529 |
130,000 ~138,000 | 134,000 | 6,700 | 1,199 | 12,261 |
40歳未満 保険料控除後の金額
40歳未満の人は健康保険料と厚生年金保険料が控除されます。
月収 円以上~円未満 | 40歳未満 月額保険料 | 控除後金額 円以上~円未満 |
---|---|---|
~93,000 | 12,452 | ~80,548 |
93,000~101,000 | 13,867 | 79,133~87,133 |
101,000~107,000 | 14,716 | 86,284~92,284 |
107,000~114,000 | 15,565 | 91,435~98,435 |
114,000~122,000 | 16,697 | 97,303~105,303 |
122,000~130,000 | 17,829 | 104,171~112,171 |
130,000~138,000 | 18,961 | 111,039~119,039 |
40歳以上 保険料控除後の金額
40歳以上の人はさらに介護保険料が引かれます。
月収 円以上~円未満 | 40歳以上 月額保険料 | 控除後金額 円以上~円未満 |
---|---|---|
~93,000 | 13,240 | ~79,760 |
93,000~101,000 | 14,744 | 78,256~86,256 |
101,000~107,000 | 15,647 | 85,353~91,353 |
107,000~114,000 | 16,549 | 90,451~97,451 |
114,000~122,000 | 17,753 | 96,247~104,247 |
122,000~130,000 | 18,957 | 103,043~111,043 |
130,000~138,000 | 20,160 | 109,840~117,840 |
実際の手取り額は更に雇用保険・所得税・住民税が差し引かれます。
改定前に年収130万円の壁の内側で働いていた人は…
年収130万円の壁の内側で被用者保険を負担せず働いていた人が、今回の改定で保険料を負担するようになった場合を試算してみます。
年収129万円・40歳以上の人の場合
年収 | 月収 | 保険料 | 控除後月収 | 控除後年収 |
1,290,000 | 107,500 | 16,549 | 90,951 | 1,091,412 |
年収129万円の人は今回の改定で手取り額が年額で約20万円減ることになります。
控除後年収129万円を維持するためには
年収 | 月収 | 保険料 | 控除後月収 | 控除後年収 |
1,517,484 | 126,457 | 18,957 | 107,500 | 1,290,000 |
計算上、年収を152万円に上げることにより控除後の年収が129万円になります。
厚生年金保険料を負担するとどれだけ年金が増えるか
老齢年金は、老齢基礎年金と老齢厚生年金の2本立てになっています。
- 老齢基礎年金
=満額×保険料納付月数/480ヵ月
(満額:令和2年度781,700円)
老齢基礎年金については、国民年金3号として夫の厚生年金の扶養に入っている場合も、国民年金2号として自分で厚生年金に入っている場合も、保険料納付月数は同じようにカウントされるので、年金額は同じになります。
60歳以降の加入では老齢基礎年金と同等の金額が加算される
夫の厚生年金の扶養に入っている妻が60歳になると、国民年金3号の資格を失い保険料納付月数がカウントされません。老齢基礎年金満額を目指す場合、「任意加入制度」を利用して自分で国民年金保険料を納付することになります。
妻本人が厚生年金に入っている場合も、60歳以降は老齢基礎年金の保険料納付月数にはカウントされませんが、「厚生年金の経過的加算」という制度により、老齢基礎年金の保険料納付月数と合わせて480ヵ月分までは、老齢基礎年金とほぼ同等の金額が加算されます。
報酬比例部分の金額はどれだけ増えるか…
老齢厚生年金の報酬比例部分は以下の式で算出します。
- 報酬比例部分(年額)
=標準報酬額×0.005481×厚年加入月数
標準報酬月額 | 1ヵ月 加入時 | 1年 加入時 | 10年 加入時 | 20年 加入時 |
---|---|---|---|---|
88,000 | 482.33 | 5,788 | 57,879 | 115,759 |
98,000 | 537.14 | 6,446 | 64,457 | 128,913 |
104,000 | 570.02 | 6,840 | 68,403 | 136,806 |
110,000 | 602.91 | 7,235 | 72,349 | 144,698 |
118,000 | 646.76 | 7,761 | 77,611 | 155,222 |
126,000 | 690.61 | 8,287 | 82,873 | 165,745 |
134,000 | 734.45 | 8,813 | 88,134 | 176,269 |
年金を何年受給すればもとが取れるか…
標準報酬月額が88,000円の場合、厚生年金保険料の本人負担額は8,052円で、この負担による報酬比例部分は年額482.33円になります。
この負担額を取り戻すためには、8,052÷482.33=16.7となり、16.7年かかることになります。65歳から受給できるとして81.7歳でもとが取れることになります。
この16.7年は標準報酬月額・加入月数にかかわらず一定の値になります。
- 標準報酬月額=A、加入月数=Nとすると
- 厚生年金本人負担額
=A×0.0915×N - 報酬比例額(年額)
=A×0.005481×N - 自己負担額÷報酬比例額
=(A×0.0915×N)÷(A×0.005481×N)
=0.0915÷0.005481
=16.7
死亡保険は死亡リスクに備えるための保険であるのに対し、年金は長生きリスクに備えるための保険です。「もとをとる」という考え方はそぐわないとも思いますが…。
まとめ
夫の被用者保険の扶養に入る「年収130万円の壁」の内側ぎりぎりで働いている妻の場合、仮に今回の年金制度改革の条件にあてはまり自分自身で被用者保険料を負担するようになると、手取り額が年額約20万円減ることになります。
手取り額を維持するためには年収150万円で働く必要があります。
目先の収入は減りますが、年金額が増えるなどのメリットもあり、それを納得できるかどうかになります。
納得できない場合は、今回の改定の条件に当てはまらない従業員50人以下の職場を探す方法もあります。
政府の方針として、年金財政の安定のため、できるだけ国民年金1号・3号の人を減らして、厚生年金に加入して2号に移ってもらおうとしています。
今後、さらにその方向の年金改革が待っているかもしれません。