2024年7月に「2024年財政検証」が公表されました。
財政検証では、公的年金の給付水準の見通しを示す目安として「所得代替率」という数値が用いられています。
この「所得代替率」について詳しく見ていきます。
モデル年金と所得代替率
財政検証の年金額は、いわゆる「モデル年金」という年金額で給付水準を算定しています。
モデル年金とは、夫が平均的な収入で40年間就業し、その間、妻は専業主婦という想定の、夫婦2人分の年金額になっています。
夫婦2人分の年金額になっていることに注意する必要があります。
- モデル年金額
=夫婦2人分の基礎年金額
+夫の厚生年金報酬比例額
「所得代替率」とは、この「モデル年金」の「現役世代の平均手取り収入」に対する割合を計算しています。
- 所得代替率
=モデル年金額
÷現役世代の平均手取り収入
2024年の所得代替率は61.2%
現時点、2024年度のモデル年金と所得代替率は以下の通りになっています。
▼2024年度 所得代替率
①現役男子の平均的な標準報酬額 | 45.5 万円 |
②現役男子の平均的な手取り収入額 | 37.0万円 |
③モデル年金 うち 報酬比例年金 うち 基礎年金(夫婦2人分) | 22.6万円 9.2万円 13.4万円 |
④所得代替率 | 61.2% |
- 所得代替率
=モデル年金
÷現役男子の平均的な手取り収入額
=22.6万円÷37.0万円
=0.6108…
=61.1%
0.1万円で丸めた数値で計算した場合は、厚労省が公表した61.2%になりません。
元データ
厚生労働省
将来の公的年金の財政見通し(財政検証)
「その他の資料」より
各数値の算出根拠は…
現役男子の平均的な標準報酬額 45.5万円
①現役男子の平均的な標準報酬額45.5万円の根拠については、「2023年度の実績見込み」とありますが、詳細な数字は見当たりませんでした。
2019年の財政検証では43.9万円(438,860円)となっています。
現役男子の平均的な手取り収入額37.0万円
手取り収入額は標準報酬額に可処分所得割合を乗じた金額になります。
- 可処分所得割合:0.813
45.5万円×0.813=37.0万円
2019年の財政検証では可処分所得割合0.814、手取り収入額は、43.9万×0.814=35.7万円となっていました。
報酬比例年金
厚生年金の報酬比例額は、以下の式で算出されています。
- 厚生年金報酬比例額(年額)
=平均標準報酬額
×5.481/1000×被保険者月数
報酬比例額は下図のように様々な算出式がありますが、赤枠内「本来水準・総報酬制導入後」の式で計算されています。
ただし、平均標準額報酬額を算出する際には、過去の標準報酬額を現役世代の報酬額に換算する「再評価率」を乗じて算出します。
この「再評価率」にはマクロ経済スライド調整率も織り込まれており、2024年度は1より小さい「0.926」という数字が用いられています。
- 報酬比例年金(月額)
=標準報酬額45.5万円×再評価率0.926
×5.481/1000×480÷12ヶ月
=9.2万円
なお、2019年の財政検証では、「再評価率」は0.938となっており。報酬比例額(月額)は9.0万円になっていました。
- 2019年度報酬比例年金(月額)
=標準報酬額43.9万×0再評価率.938
×5.481/1000×480÷12ヶ月
=9.0万円
基礎年金額(夫婦2人分)
基礎年金は次の式で計算されます。
- 基礎年金額(年額)
=満額×保険料納付済み月数/480月
財政検証では夫婦2人とも満額を受取り、1人分6.7万円/月、夫婦2人分13.4万円/月になっています。
- 参考
基礎年金満額(新既裁定年金・月額)
2023年度:66,050円
2024年度:68,000円
なお、2019年の財政検証の夫婦2人分の基礎年金額は13.0万円になっています。
2019年と2024年の比較
前回の財政検証で提示された2019年度の所得代替率は61.7%でしたが、今回提示された2024年度の所得代替率は61.2%になりました。
▼2019年度→2024年度
2019年 | 2024年 | |
---|---|---|
現役男子の平均的な 標準報酬額 | 43.9万円 | 45.5万円 |
現役男子の平均的な 手取り収入額 | 35.7万円 | 37.0万円 |
モデル年金 うち 報酬比例年金 うち 基礎年金(夫婦2人分) | 22.0万円 9.0万円 13.0万円 | 22.6万円 9.2万円 13.4万円 |
所得代替率 | 61.7% | 61.2% |
マクロ経済スライド調整の終了時期について
マクロ経済スライド調整とは、現役の被保険者の減少と平均余命の伸びに応じて年金額を抑えるしくみです。
この減額調整は、基礎年金財政と厚生年金財政のそれぞれで、収支が均衡するまで実施されます。
厚生年金については比較的早期に収支が均衡し調整が終了するのに対し、基礎年金は調整が長く続くことになります。
これについては、財政検証のオプション試算として、厚生年金の調整を延長させて、両財政の調整を一致させる案が検討されています。
以下は、現行のままの制度で、基礎年金の財政の収支が均衡した時点の所得代替率を計算した数字になります。
財政検証では、基礎年金の調整が終了するとその後所得代替率が一定になるとしています。
財政検証の前提
今回の財政検証では、4通りの「経済の前提」で所得代替率を算出しています。
経済の前提 | 実質賃金 上昇率 | 実質的な 運用利回り (スプレッド) | 実質 経済 成長率 |
---|---|---|---|
高成長実現 | 2.0% | 1.4% | 1.6% |
成長型経済 移行・継続 | 1.5% | 1.7% | 1.1% |
過去30年投影 | 0.5% | 1.7% | ▲0.1% |
1人あたり ゼロ成長 | 0.1% | 1.3% | ▲0.7% |
- 実質賃金上昇率
名目賃金上昇率から物価上昇分を除いた賃金上昇率。近似的に、「名目賃金上昇率-物価上昇率」で求まります。 - 実質的な運用利回り(スプレッド)
年金積立金の目標とする運用利回りは現時点で「名目の運用利回り=名目賃金上昇率+1.7%」と定められています。この1.7%が実質的な運用利回りに相当し「実質的な運用利回り=名目の運用利回り-名目賃金上昇率」となります。(参考)GPIFサイト 年金積立金の運用目標
財政検証では、上記の「経済の前提」をベースにして、「人口の前提」、「労働力の前提」を加えた様々な検証が行われています。
所得代替率の今後の見通し
経済の4通りの前提について、人口、労働力の推計を中位として算出された将来の所得代替率の見通しが以下の通りになっています。。
国民年金及び厚生年金に係る財政の現況及び見通し
-令和6(2024)年財政検証結果-PDF[3.2MB]
5年後の財政検証 2029年度の見通し
5年後の2029年度の財政検証時の所得代替率の見通しについては、概ね60%をキープする見通しとなっています。
▼2029年度の見通し
経済の前提 | 現役男子 手取り収入 (円) | 年金額 厚生+基礎 (円) | モデル年金 所得代替率 (%) |
---|---|---|---|
高成長実現 | 38.7万 | 23.3万 9.7+13.7 | 60.3% |
成長型経済 移行・継続 | 38.2万 | 23.0万 9.5+13.5 | 60.3% |
過去30年投影 | 37.0万 | 22.3万 9.2+13.1 | 60.1% |
1人あたり ゼロ成長 | 37.0万 | 22.0万 9.0+13.0 | 59.4% |
調整終了時の所得代替率
マクロ経済スライド調整は、厚生年金財政と基礎年金財政のそれぞれで収支が均衡するまで実施されます。
厚生年金の調整が早期に終了するのに対し、基礎年金の調整は大きく遅れる見込みです。
以下は、基礎年金の調整が終了した時点の所得代替率を計算した結果です。
▼調整終了時の見通し
経済の前提 | 基礎年金 調整終了 | 現役男子 手取り収入 (円) | 年金額 厚生+基礎 (円) | モデル年金 所得代替率 (%) |
---|---|---|---|---|
高成長実現 | 2039年 | 45.5万 | 25.9万 11.4+14.5 | 56.9% |
成長型経済 移行・継続 | 2037年 | 41.6万 | 24.0万 10.4+13.6 | 57.6% |
過去30年 投影 | 2057年 | 41.8万 | 21.1万 10.4+10.7 | 50.4% |
1人あたり ゼロ成長 | ※ (2059年) | (38.2万) | (19.1万) 7.8+11.3 | (50.1%) |
上位3通りのケースの場合、基礎年金の調整終了後は、厚生年金・基礎年金とも収支が均衡し、その後は所得代替率が維持されることになります。所得代替率50%が維持される計算になっています。
いっぽう、1人あたりゼロ成長の場合、基礎年金の収支が均衡しないまま、2059年度に国民年金の積立金がなくなります。その後、保険料と国庫負担のみで基礎年金を支給すると想定すると、所得代替率は37%~33%程度に下落するとされています。
なお、高成長実現ケースが成長型経済移行・継続ケースより所得代替率が低くなっているのは「賃金を上回る実質的な運用利回り(スプレッド)が低いため」とのこと。
まとめ
モデル年金の所得代替率は、「夫が厚生年金に40年加入し、その間妻が無職という場合」において、「夫婦2人分」の年金です。
「夫が40年間国民年金2号、妻は40年間国民年金3号」という、ピンポイントの想定になっています。
「そもそもモデル年金の想定が現実に則していない」、「提示されている所得代替率では年金の実相を表していない」という意見も多く聞かれます。
財政検証で提示される所得代替率はあくまでも年金財政全体の健全性を表す数字です。
一人ひとりの年金については、会社員、自営業、パート、独身者、夫婦共稼ぎ、国民年金1号・2号・3号など、国民年金の加入状況が大きく異なります。
個人個人の年金状況は個人個人で検証する必要があります。