<2024財政検証>基礎年金と厚生年金のマクロ経済スライドの調整期間を一致させる案について

南アルプス赤石岳 財政検証2024
南アルプス赤石岳

厚生年金保険法及び国民年金法の規定により、少なくとも5年ごとに、国民年金及び厚生年金の財政の現況及び見通しの作成、いわゆる「財政検証」が実施されます。

2019年から5年ぶりに「2024年財政検証」が行われ、夏ごろに結果が公表される予定です。

財政検証では、今後の人口や経済状況を複数のパターンに設定して、現状の制度を継続した場合のおよそ100年後までの給付水準の見通しが示されます。

あわせて、社会保障審議会で提言された制度変更を実施した場合の「オプション試算」も提示されます。

そのなかの一つとして、基礎年金と厚生年金のマクロ経済スライド調整の終了時期を一致させた場合の試算が行われる予定です。

スポンサーリンク

マクロ経済スライドとは

現在の年金制度は、少子高齢化が進行すると予想される将来においても年金財政が安定するように、現役世代の月々の保険料の負担を一定に抑えつつ、「マクロ経済スライド」という仕組みを使って、受給世代に対する年金支給額が物価や賃金の上昇率ほどには増えないようにしています。

  • 日本の年金制度は賦課方式
    現役世代の保険料が受給世代の年金に
  • 保険料は固定方式
    国民年金保険料:月額17,000円(物価と賃金で調整)
    厚生年金保険料:標準報酬額の18.3%(本人9.15%)
  • マクロ経済スライド
    現役世代の変動率と平均余命の伸びで年金額を調整、年金財政の収支が安定するまで実施
【2024年度版】マクロ経済スライド調整の仕組み、令和6年度は-0.4%を適用
マクロ経済スライド調整とは、現役の被保険者の減少と平均余命の伸びに応じて年金額を抑えるしくみです。 令和6年度(2024年度)の調整率は-0.4%が適用され、その結果年金改定率は+...

基礎年金と厚生年金で終了時期に大きな差が…

マクロ経済スライドは、基礎年金と厚生年金のそれぞれで年金財政の収支が安定するまで実施されます。

2019年財政検証(2020年修正) の「人口:出生中位、死亡中位 経済:ケースⅢ(変動なし)」の試算による調整終了年度は、基礎年金が2046年厚生年金報酬比例額が2025年になります。

この試算は夫婦二人分のモデル年金という想定で算出されています。

  • モデル年金
    • 厚生年金
      平均的な収入で40年間就業した夫の厚生年金報酬比例額
    • 基礎年金
      夫婦2人分の満額基礎年金

所得代替率は夫の手取り収入に対する割合です。

▼モデル年金の所得代替率

マクロ経済スライド終了時期

基礎年金額は月額5万円を切ってしまう…

1人分の基礎年金の所得代替率でみると、2019年時点で18.2%から、調整が終わる2046年には13.3%になる計算です。

2019年度の基礎年金は1人分月額6.5万円ですが、2046年の基礎年金を2019年現役手取り額35.7万円で換算すると、35.7万円×13.3%=4.7万円となり、月額5万円を切ってしまうことなります。

▼年金月額(現役手取り額35.7万円で計算)

年度201920252046
厚生年金9.0万8.7万8.7万
基礎年金13.0万12.6万9.5万
(1人分)(6.5万)(6.3万)(4.7万)
夫婦2人分22.0万21.3万18.2万
(夫1人分)(15.5万)(15.0万)(13.4万)

調整終了期間を一致させる試算

2019年の財政検証では厚生年金と基礎年金のマクロ経済スライド調整の終了時期を2033年に一致させた場合のモデル年金の試算も提示されました。

マクロ経済スライド調整が終了した時点の所得代替率は、「厚生年金は低下するが、基礎年金は大きく改善される」という試算になっています。

▼モデル年金の所得代替率

マクロ経済スライド一致

年金額を計算します

1人分の基礎年金の所得代替率でみると、2019年時点の18.2%から、調整を一致させた2033年には16.5%になる計算です。

2019年現役手取り賃金35.7万円で年金額を計算します。

▼年金月額(現役手取り額35.7万円で計算)

  年度    2019    2033  
厚生年金9.0万8.1万
基礎年金13.0万11.7万
(1人分)(6.5万)(5.9万)
夫婦2人分22.0万19.8万
(夫1人分)(15.5万)(14.0万)

試算では年金額全体の所得代替率が改善します

調整の終了時期を2033年に一致させると、報酬比例額の所得代替率は低下しますが、基礎年金を含めた年金額全体の所得代替率は上昇します。

( )内は2019年度の現役手取り額35.7万円で換算した金額です。

  • 厚生年金報酬比例額
    24.5%(8.7万円)→22.6%(8.1万円)
  • 基礎年金1人分
    13.3%(4.7万円)→16.5%(5.9万円)
  • モデル年金の夫1人分
    37.8%(13.4万円)→39.1%(14.0万円)
  • モデル年金の夫婦2人分
    51.0%(18.2万円)→55.6%(19.8万円)

調整終了時期をどのように一致させるのか

本来2025年で終了する厚生年金報酬比例額のマクロ経済スライド調整を2033年まで延長することにより、2026年から2033年までの8年間年金額が抑えられ、余剰資金が生じることになります。

その余剰資金を、2034年から2046年まで基礎年金の調整をしないことにより必要となる財源に当てるものと考えられます。

▼マクロ経済スライドの終了時期を一致させるイメージ

調整終了一致イメージ

余剰資金は厚生年金の積立金に入るので、基礎年金への補填は厚生年金の積立金が使われることになるのでないかと思います。

会社員・公務員が納付した保険料が1階部分の基礎年金の財源に使われることになります。

厚生年金と基礎年金の関係

ここでは、厚生年金から基礎年金に補填される金額がどのくらいになるのか、2022年の年金収支の金額を使って計算してみたいと思います.

まず厚生年金と基礎年金の関係について確認します。

年金特別会計の勘定

年金会計は、主に次の3つの「勘定」から成り立っています。

  • 国民年金勘定
  • 基礎年金勘定
  • 厚生年金勘定

各共済年金は別勘定ですが便宜上厚生年金勘定にまとめて考えます。

年金資金の流れ

基礎年金は基礎年金勘定より支出されます。

第1号被保険者の国民年金保険料は国民年金勘定に入金され、国庫負担分を加えて、国民年金第1号被保険者であった人の基礎年金分の「基礎年金拠出金」としてに基礎年金勘定に移されます。

第2号被保険者の厚生年金保険料は厚生年金勘定に入金され、国庫負担分を加えて、第2号および第3号であった人の基礎年金分の「基礎年金拠出金」として基礎年金勘定に移されます。

1階部分にあたる基礎年金は、かつての厚生年金加入者の分もふくめて、すべて基礎年金勘定から支出されます。

2022年度の年金収支

下記の金額は令和4年度(2022年度)の年金収支です。

令和4年度はマクロ経済スライド調整が実施されませんでした。

  • 国民年金勘定
    →基礎年金勘定 3.4兆円
  • 厚生年金勘定(各共済組合含む)
    →報酬比例額給付 29.0兆円
    →基礎年金勘定 22.2兆円
  • 基礎年金勘定
    →基礎年金給付 24.6兆円(旧法分含む)
2022年度年金収支

公的年金財政状況報告 -令和 4(2022)年度(PDF)

厚生年金から基礎年金に補填される金額は…?

2026年から2033年までの8年間、厚生年金報酬比例額のマクロ経済スライド調整を実施するとして、この場合生じる余剰資金を計算してみたいと思います。

2020年から2024年までの5年間のマクロ経済スライド調整率の平均値は約-0.22%になります。

年度ごとに調整を実施する場合としない場合がありますが、しない場合は次年度以降に繰り越されますので、調整率を毎年度-0.2%として計算します。

  • 2025年度の報酬比例額の給付額を100とする
  • マクロ経済スライド調整率を毎年度-0.2%とする
  • 調整率は複利的にかかる
    前年度給付額×0.998=次年度給付額
 年度  給付額  余剰額 
2025100
202699.80.2
202799.60.4
202899.40.6
202999.20.8
203099.01.0
203198.81.2
203298.61.4
203398.41.6
合計7.2

この計算では2033年度の余剰額が1.6%になっています。

厚労省試算の所得代替率は、2025年24.5%から2033年22.6%で-1.9%になっており、当たらずとも遠からずの数字になっていると思います。

2022年度の数字では厚生年金報酬比例額の給付に当てられた資金は29.0兆円です。

この数字を使うと、8年間で29.0兆円×7.2%=2.1兆円が余剰資金となります。

基礎年金に必要な資金

基礎年金を2034年から2046年の13年間、調整なしで給付するために必要な追加資金を計算します。

24.6兆円×0.2%×13年=0.64兆円

厚生年金で生じる余剰資金で十分に補填することができる計算です。

ただし、将来の年金給付に当てられることになる年金積立金は、2022年度時点で、各共済組合の分を含む厚生年金が234.2兆円に対し、国民年金と基礎年金の合計で16.3兆円しかありません。

厚生年金の余剰資金が基礎年金の積立金に当てられることもあるのではないかと思います。

厚生年金の保険金が自営業者などの年金にあてられる?

厚生年金の8年間の余剰資金2.1兆円が13年間ですべて基礎年金の補填に使われるとすると、1年あたり2.1兆円÷13=1600億円が基礎年金の給付のために補填されることになります。

ただし、この補填額がすべて自営業者、農業者などの元国民年金第1号被保険者に渡されるわけではありません。

基礎年金給付費24.6兆円のうち、厚生年金勘定より22.2兆円、国民年金勘定より3.4兆円が拠出されています。

この拠出額から計算すると、補填分のうち約22.2/(22.2+3.4)=87%は元第2号第3号被保険者が受け取ることになる計算です。

すなわち、元第1号被保険者の年金の補填に回されるのは補填分の13%ということになり、1年あたり1600億円×13%=210億円になります。

また、そのうち11.5/22.2=52%は国庫負担になる計算ので、厚生年金の保険料収入から元第1号被保険者に補填される金額は、1年あたり210億円×48%=100億円になります。

これを多いとみるか少ないとみるかということになります。

あくまでも私のおおまかな計算ですが…

まとめ

基礎年金のマクロ経済スライドを財政収支が均衡するまで実施すると基礎年金額が月額5万円を切ってしまいます。

これを解決するため、2024年の財政検証では、厚生年金の報酬比例額のマクロ経済スライド調整を延長して、厚生年金と基礎年金の調整終了時期を一致させるオプション試算が行われます。

この試算については前回の2019年の財政検証でも行われていました。

この試算では「厚生年金の資金で国民年金第1号被保険者の基礎年金を補填することになる」と考え、問題になるのではと思っていました。

ただ、厚生年金の資金はもと第2号第3号被保険者の基礎年金にも回されます。

私の計算では、厚生年金の余剰資金がすべて基礎年金に当てられるとした場合、「厚生年金の保険料からもと国民年金第1号被保険者の年金に補填される金額は年間100億円程度になるのではないか」となりました。

厚生年金の保険料収入が39.3兆円に対する割合は0.03%弱になります。

確かに「補填する」ことにはなると思いますが、年金財政の規模から考えて、そんなに大きい金額にはならないと考えられます。

基礎年金の所得代替率の低下が抑えられ、その結果、基礎年金と厚生年金をあわせた年金全体の所得代替率の低下も抑えられるなら、厚生年金加入者にとっても損にはならないのではと思われます。