<2024財政検証>基礎年金と厚生年金のマクロ経済スライドの調整期間を一致させる案について

南アルプス赤石岳 財政検証2024
南アルプス赤石岳

厚生年金保険法及び国民年金法の規定により、少なくとも5年ごとに、国民年金及び厚生年金の財政の現況及び見通しを作成する「財政検証」が行われます。

「2024年財政検証結果」が、2024年7月3日の第16回社会保障審議会年金部会で公表されました。

財政検証では現行制度での見通しに加え、制度改正による「オプション試算」も公表されています。

今回は、以下の5つのオプション試算が公表されました。

  1. 被用者保険の更なる適用拡大
  2. 基礎年金の拠出期間延長・給付増額
  3. マクロ経済スライドの調整期間の一致
  4. 在職老齢年金制度の見直し
  5. 標準報酬月額の上限

「2.基礎年金の拠出期間延長・給付増額」すなわち、基礎年金の拠出期間を現行40年から45年に延長する案については、年金財政が改善されているということを踏まえ、見送られる方向です。

この記事では「3.マクロ経済スライドの調整期間の一致」のオプション試算について詳しく見ていきたいと思います。

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マクロ経済スライドとは

現在の年金制度は、少子高齢化が進行すると予想される将来においても年金財政が安定するように、現役世代の月々の保険料の負担を一定に抑えつつ、「マクロ経済スライド」という仕組みを使って、受給世代に対する年金支給額が物価や賃金の上昇率ほどには増えないようにしています。

2024年度の年金額改定率は、賃金変動率+3.1%がベースになっていますが、マクロ経済スライド調整率-0.4%が加わり、(+3.1%)+(-0.4%)=+2.7%になっています。

【2024年度版】マクロ経済スライド調整の仕組み、令和6年度は-0.4%を適用
マクロ経済スライド調整とは、現役の被保険者の減少と平均余命の伸びに応じて年金額を抑えるしくみです。 令和6年度(2024年度)の調整率は-0.4%が適用され、その結果年金改定率は+...

基礎年金と厚生年金でマクロ経済スライド終了時期に大きな差が…

マクロ経済スライドは、1階部分の基礎年金財政と2階部分の厚生年金財政のそれぞれで年金財政の収支が均衡するまで実施されます。

今回の財政検証では以下の4通りの「経済の前提」をベースにして、「人口の前提」、「労働力の前提」を加えた様々な検証が行われています。

現行制度で基礎年金と厚生年金のそれぞれで別個にマクロ調整スライドを行った場合、厚生年金については早期に終了するのに対し、基礎年金については終了が大きく遅れ、その結果、基礎年金の支給額が大きく下がってしまうことが試算されています。

▼4通りの経済前提と調整終了時期

経済前提実質
賃金
上昇率
実質的な
運用
利回り
実質
経済
成長率
調整終了
上:厚年
下:基礎
高成長実現2.0%1.4%1.6%2024
2039
成長型経済
移行・継続
1.5%1.7%1.1%2024
2037
過去30年投影0.5%1.7%▲0.1%2026
2057
1人あたり
ゼロ成長
0.1%1.3%▲0.7%見通せず
出生中位、死亡中位、外国人の入国超過数16.4万人

そこで、厚生年金の調整終了と基礎年金の調整終了を一致させるオプション試算が提示されています。

「成長型経済移行・継続」と「過去30年投影」の2通りの経済前提について、現行制度と調整終了一致を比較していきます。

「成長型経済移行・継続」で現行制度と調整終了一致を比較

比較的楽観的な「成長型経済移行・継続」という経済前提で現行制度の試算と調整一致のオプション試算を比較しました。

現行制度の試算

マクロ経済スライド調整終了
報酬比例 2024年度
基礎年金 2037年度

▼「成長型経済移行・継続」現行制度 

年度手取り
収入
基礎年金
1人分
(代替率)
厚生年金
報酬比例額
(代替率)
モデル年金
(所得代替率)
202437.0万6.7万
(18.1%)
9.2万
(25.0%)
22.6万
(61.2%)
203741.6万6.8万
(16.3%)
10.4万
(25.0%)
24.0万
(57.6%)
204748.3万7.9万
(16.3%)
12.1万
(25.0%)
27.8万
(57.6%)

所得代替率は現役男子の手取り収入に対する年金額の割合になります。

厚生年金報酬比例額の所得代替率は25.0%が維持されます。

いっぽう、基礎年金の調整が終了する2037年度以降は、1人分の基礎年金は16.3%に、モデル年金(夫婦二人分の基礎年金と夫の報酬比例額の合計額)は57.6%になります。

調整一致のオプション試算

「成長型経済移行・継続」における調整一致のオプション試算では、基礎年金も報酬比例額に合わせて2024年度で調整を終了し、2025年度以降調整なしとしています。

マクロ経済スライド調整終了
両年金とも 2024年度

▼「成長型経済移行・継続」調整一致

年度手取り
収入
基礎年金
1人分
(代替率)
厚生年金
報酬比例額
(代替率)
モデル年金
(代替率)
202437.0万6.7万
(18.1%)
9.2万
(25.0%)
22.6万
(61.2%)
203741.6万7.5万
(18.1%)
10.4万
(25.0%)
25.5万
(61.2%)
204748.3万8.7万
(18.1%)
12.1万
(25.0%)
29.5万
(61.2%)

この場合、基礎年金、報酬比例額、モデル年金、いずれも、2024年度の所得代替率が2025年度以降も維持されることになります。

「過去30年投影」で現行制度と調整終了一致を比較

「過去30年投影」という経済前提で現行制度の試算と調整一致のオプション試算を比較しました。

現行制度の試算

マクロ経済スライド調整終了
報酬比例 2026年度
基礎年金 2057年度

▼「過去30年投影」現行制度

年度手取り
収入
基礎年金
1人分
(代替率)
厚生年金
報酬比例額
(代替率)
モデル年金
(代替率)
202437.0万6.7万
(18.1%)
9.2万
(25.0%)
22.6万
(61.2%)
202637.0万6.6万
(17.8%)
9.2万
(24.9%)
22.5万
(60.8%)
203637.7万6.2万
(16.4%)
9.4万
(24.9%)
21.8万
(57.9%)
205741.8万5.3万
(12.7%)
10.4万
(24.9%)
21.1万
(50.4%)
206744.0万5.6万
(12.7%)
10.9万
(24.9%)
22.2万
(50.4%)

基礎年金の調整終了は報酬比例額に比べ30年も遅れることになります。

終了時点の基礎年金1人分の所得代替率は12.7%に、モデル年金の所得代替率は50.4%に低下します。

とくに基礎年金1人分は、2024年度の手取り収入額37.0万円で換算すると37.0万×12.7%=4.7万円となり、5万円を下回ってしまいます。

調整一致のオプション試算

マクロ経済スライド調整終了
両年金とも 2036年度

▼「過去30年投影」調整一致

年度
手取り
収入
基礎年金
1人分
(代替率)
厚生年金
報酬比例額
(代替率)
モデル年金
(代替率)
202437.0万6.7万
(18.1%)
9.2万
(25.0%)
37.0万
(61.2%)
203637.7万6.3万
(16.7%)
8.6万
(22.9%)
21.2万
(56.2%)
204639.6万6.6万
(16.7%)
9.1万
(22.9%)
22.2万
(56.2%)
205741.8万7.0万
(16.7%)
9.6万
(22.9%)
23.5万
(56.2%)

基礎年金1人分の所得代替率は16.7%に、モデル年金の所得代替率は56.2%になり、現行制度と比較して大きく改善されます。

いっぽう、報酬比例額の調整終了は現行制度の場合より10年遅くなり、所得代替率が22.9%に低下します。

基礎年金1人分+厚生年金報酬比例額で比較してみます

厚生年金加入者は、「基礎年金1人分+厚生年金報酬比例額」を受給することになるので、この合計額で現行制度と調整一致を比較してみます。

年度手取り
収入
現行制度
年金合計
(代替率)
調整一致
年金合計
(代替率)
202437.0万15.9万(43.0%)15.9万(43.0%)
203637.7万15.6万(41.4%)14.9万(39.5%)
205741.8万15.7万(37.6%)16.6万(39.7%)
年金合計=基礎年金1人分+厚生年金報酬比例額

調整終了一致のオプション試算では、調整が終了する2036年度時点では報酬比例額の調整が継続してきたことにより、合計額の所得代替率が低下します。

いっぽう、2036年以降は基礎年金の調整終了により合計額の所得代替率の低下が止まり、2057年度時点では調整一致の合計額のほうが大きくなっています。

マクロ経済スライド調整の終了を一致させる方法

現行制度では厚生年金と国民年金(基礎年金)はそれぞれ別個に収支計算され、剰余金が積み立てられています。

会計的にどのようにマクロ経済スライドの調整終了を一致させるのかをみていきます。

現行制度の年金会計

現行の年金会計は、主に次の3つの「勘定」から成り立っています。

  • 厚生年金
     厚生年金勘定
    (共済年金は別勘定)
  • 国民年金
     国民年金勘定
     基礎年金勘定

厚生年金保険料は厚生年金勘定に、国民年金保険料は国民年金勘定に入ります。

基礎年金給付に要する費用は、国庫負担金を加え、厚生年金勘定と国民年金勘定から基礎年金拠出金とし基礎年金勘定に入ります。

基礎年金は基礎年金勘定から、厚生年金報酬比例額は厚生年金勘定から支出されます。

積立金は、それぞれの勘定ごとに剰余金が積み立てられています。

2022年度年金収支

公的年金財政状況報告 -令和 4(2022)年度(PDF)

調整一致では厚生年金と国民年金の会計を一体化させる

調整一致では、厚生年金と国民年金を一体化して全体として収支が安定するまで調整を行うことになります。

つまり、現行3つに分かれている年金勘定を、事実上一つの年金勘定にまとめることになると想定されます。

▼一体型年金勘定

  • 収入
    厚生年金保険料
    国民年金保険料
    国庫公経済負担
    (積立金)
  • 支出
    基礎年金給付
    厚生年金報酬比例額給付
    (積立金)

「収入-支出」がプラスの場合、積立金として一体的に積み立てられることになります。

また、将来的には積立金を取り崩して、年金給付を維持することになります。

調整一致による影響(1) 年金給付費はどうなる?

「過去30年投影」という経済前提において、基礎年金と厚生年金報酬比例額の年金給付費はどのような影響が出るか見ていきます。

現行制度では報酬比例額は2026年度で、基礎年金は2057年度に調整が終了する試算ですが、調整一致の場合2036年度に調整が終了する試算になっています。

▼年金給付費(過去30年投影)
現行制度と調整一致の比較

年度基礎
現行
(兆円)
基礎
一致
(兆円)
基礎
一致
/現行
比例
現行
(兆円)
比例
一致
(兆円)
比例
一致
/現行
202426.026.030.030.1+0.3%
202526.726.730.630.7+0.3%
202627.127.130.830.9+0.3%
202727.427.431.331.2-0.3%
203529.229.235.333.2-5.9%
203629.529.6+0.3%35.933.7-6.1%
203729.930.2+1.0%36.734.4-6.3%
205630.637.7+23.2%45.643.2-5.3%
205730.737.9+23.5%46.043.6-5.2%
205830.738.1+24.1%46.343.9-5.2%
207032.040.9+27.8%51.048.3-5.3%
208033.343.2+29.7%54.451.6-5.1%
209034.144.5+30.5%56.353.3-5.3%

調整一致の場合、調整が終了する2036年度以降、基礎年金の給付費は大幅に増額されます。

いっぽう、報酬比例額の給付費は、調整終了が10年繰り下げられる影響により、調整終了後5%~6%減少します。

調整一致による影響(2) 年金積立金はどうなる?

現行制度では、厚生年金勘定、国民年金勘定、基礎年金勘定について、それぞれの剰余金が別個に積み立てられています。

この現行3つに分かれている年金勘定を、事実上一つの年金勘定にまとめることにより、積立金も一つにまとめられることになります。

経済前提「過去30年投影」では厚生年金報酬比例額の調整終了が2026年度から2036年度に繰り下げられます。

報酬比例額の給付費が減額される分、調整一致の積立金の方が多く積み上がります。

いっぽう、積立金を取り崩す局面になると、基礎年金の給付費が大きくなるので、調整一致の減額が大きくなります。

▼年金積立金 (過去30年投影)
現行制度と調整一致の比較 単位:兆円

年度現行
厚年
現行
厚年
積立
現行
国年
現行
国年
積立
現行
合計
積立
調整
一致
調整
一致
積立
202413.92910.341430514.2305
202511.83030.221431712.0317
202610.93130.161432711.2328
202710.23240.121433810.5338
20358.84010.001541611.2427
20368.5409-0.011542411.1438
20378.0417-0.021543210.6449
20563.55050.01145194.0568
20573.55080.01145223.9571
20583.35110.01145253.7575
20700.3533-0.02145470.2598
2080-3.9515-0.0913528-4.5576
2090-7.0455-0.1412467-7.8510
2100-9.8372-0.2011383-11.0416
2120-20.471-0.40576-22.781
残=収支差引残 積立=年度末積立金

調整一致による影響(3) 国庫負担金はどうなる?

老齢基礎年金の半額は国庫負担です。障害基礎年金、遺族基礎年金の一部または全部も国庫負担になります。

基礎年金の給付費が引き上げられるとその分国庫負担が増えることになります。

この増額分の財源確保も大きな問題になります。

▼国庫負担金(過去30年投影)
現行制度と調整一致の比較 単位:兆円

年度現行
厚生年金
国庫負担
現行
国民年金
国庫負担
現行
国庫負担
合計
調整一致
国庫負担
202411.52.013.513.5
202511.82.013.813.8
202612.02.014.014.0
202712.12.014.114.1
203512.82.215.015.0
203612.92.315.215.2
203713.12.315.415.5
205613.32.615.919.5
205713.32.615.919.6
205813.32.615.919.7
207013.82.816.621.2
208014.42.917.322.4
209014.72.917.623.0
210015.03.018.023.4
211015.33.018.323.9
212015.63.118.724.3

厚生年金保険料が第1号被保険者分の基礎年金に使われる

国民年金と厚生年金の年金会計を一体化することにより、会社員と会社が納付した厚生年金保険料が結果的に自営業者などの国民年金第1号被保険者の基礎年金に使われることになります。

年金部会に提示された資料に、経済前提「過去30年投影ケース」において、「概ね100年間にわたる財源と給付を運用利回りで2024年度価格に換算して一時金で表示」した資料があります。

厚生年金保険料のうち1階部分の基礎年金相当分は、国民年金保険料と同額とみなし、1階部分に合算されています。

▼2階部分 厚生年金報酬比例額

2階現行制度調整一致増減
給付1,340兆円1,275兆円▲ 65兆円
積立金185兆円120兆円▲ 65兆円
保険料1,150兆円1,150兆円

▼1階部分 基礎年金

現行制度調整一致増減
給付960兆円1,090兆円+135兆円
国庫495兆円560兆円+ 70兆円
積立金115兆円175兆円+ 65兆円
保険料355兆円355兆円

この資料では、厚生年金保険料の剰余金により積み立てられた積立金のうち、65兆円が基礎年金の給付に利用されるとしています。

厚生年金保険料の一部が、厚生年金に加入していない第1号被保険者の基礎年金に使われることになります。

国庫負担金を除く基礎年金費用は、国民年金保険料と厚生年金保険料が、(第1号被保険者数):(第2号被保険者数+第3号被保険者数)で負担することになります。

2024年の被保険者数で計算すると、6.4百万人:(41.1百万人+6.7百万人)=12%:88%になります。

概ね100年間で、厚生年金保険料のうち65兆×12%=7.8兆円が第1号被保険者分として利用されることになります。

まとめ

今回の財政検証では、年金財政がおおむね健全であるという結論になっています。

それを受けて国民年金保険料の拠出期間を65歳までの45年間に延長する案は見送られる見通しです。

いっぽう、現行制度では、経済状況によっては、基礎年金が2024年度換算で月額5万円を切ってしまう予想も出ています。

これに対し、厚生年金と基礎年金を一体化して、マクロ経済スライドの調整終了時期を一致させる案が検討されています。

この案について2024年7月の厚生労働省社会保障審議会年金部会では、おおむね賛成の意見がみられています。

今後、国会での議論に持ち込まれることになると思います。

参考資料

厚生労働省サイト
将来の公的年金の財政見通し(財政検証)

厚生労働省サイト
社会保障審議会(年金部会)